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経験が、人の主張のかたちを変えていく

学びの循環が生み出す「対話」への変容

私たちは日々、さまざまな出来事に遭遇し、そこから何かを学び取っています。
しかし、その「学び」が私たちの内面、特に他者への「主張のあり方」をどのように変容させていくのかを意識することは、そう多くはありません。

自身の経験からも、学びの本質は「意見を押し通す力」を磨くことではなく、自らの主張を「共に検討するための素材」へと昇華させるプロセスにあると感じています。

南山大学人間関係研究センターが長年蓄積してきた「ラボラトリー方式の体験学習」の知見は、この自己変容の旅路に深い示唆を与えてくれます。同センター長の中村和彦氏は、体験学習を次のように定義しています。

「人が関わり合い、そこで起こっているプロセスから学ぶ」

南山大学人間関係研究センター紀要『人間関係研究』vol.15(2016年)特集「体験学習」公開講演会「私の体験学習をふりかえる」より

今日は、単なる「体験」がどのように「知恵」へと変わり、私たちの主張のかたちを優しく、しかし力強く変えていくのかを探求します。

1. 経験を「知恵」に変えるメカニズム:コルブとピアジェの視点

なぜ経験は人を変える力を持つのでしょうか。
その鍵は、教育学と心理学が示す「学びの循環」にあるように思います。

デビッド・コルブが提唱した「経験学習モデル」によれば、学びは
「具体的経験→省察(ふりかえり)→抽象的概念化→能動的実践」
という4つの局面を循環することで深まります。

しかし、単にサイクルを回すだけでは不十分で、
重要なのが、ジャン・ピアジェの認知発達理論との接続です。

人は「認知構造(シェマ)」という枠組みを通じて世界を理解します。
新たな経験に直面したとき、それを既存の枠組みに取り込む「同化」と、
経験に合わせて枠組み自体を更新する「調節」を繰り返します。
ピアジェが提唱した「形式的操作期」という発達段階に達することで、私たちは目の前の具体的な事象を超え、論理的・仮説的な推論が可能になります。

この「形式的操作期」の思考能力こそが、コルブのモデルにおける「抽象的概念化(理論化)」を支えるものになり得ます。
経験を多角的に省察し、自らのシェマを絶えずアップデートし続けること。
このプロセスこそが、単なる「出来事」を、一生ものの「知恵」へと変容させる、というものです。

2. 主張の変化:押し通す「結果」から、共に考える「プロセス」へ

体験学習の場において、初心者が最も陥りやすい罠があります。
それは「お土産(目に見える結論や成果)」を急いで持ち帰ろうとすることです。
(↑わたし、そうでした。^^;)

南山短期大学名誉教授の星野欣生氏は、38歳で初めてTグループ(人間関係トレーニング)に参加した際のエピソードを、自戒を込めて語っています。
1週間の研修の最終日、彼のグループは1.5時間もの沈黙に陥ったそうです。他のグループが抱き合って喜びを分かち合う中、トレーナーのメリット氏は一言も発さず、ただ静かに部屋を去っていきました。星野氏は激しい憤りを感じ、紹介者に「金を返せ」と詰め寄ったといいます。

しかし、後に彼は気づきました。

「宝の山はプロセスにある」

自分の意見を「正しい結論」として押し通そうとするのは、コミュニケーションを「コンテント(内容・結果)」としてのみ捉えているから。
一方、意見を「今ここで起こっている反応の一つ」というデータ(素材)として差し出すことができれば、それは相互理解を深めるための貴重な手がかりとなります。
主張は「決着をつけるための道具」から「対話を生むための素材」へと変容するのです。

3. 若さと熟練:世代を超えたバトンと「自らに由る」自由

南山大学の体験学習の歩みは、第一・二世代(星野氏、グラバア氏、津村氏ら)から、第三・四世代(中村氏や現在の実務家ら)へと着実にバトンが引き継がれてきました。

若い世代の俊敏さや情熱は素晴らしいものですが、熟練のファシリテーターが持つ「歩みの遅さゆえの質の厚み」には、独特の滋味があるとわたしは思っています。

星野氏は、かつて家庭裁判所の調査官という職にあり、徹底的な「べき論」の住人でだったそうです。
しかし、長年の省察を経て、彼は「自由」の定義を次のように再発見した、ということでした。

「自由(じゆう)」とは、「自らに由る(みずからによる)」ことである。

それは、単に好き勝手に振る舞う、という意味ではなく、
「こうあるべき」という外部の規範や過去の成功体験から解放され、自分自身の感覚を信じて、ありのまま(オーセンティック)に存在することを言っています。

自らの弱さも戸惑いも包み隠さず、一つの素材として場に差し出す。
その自由な佇まいこそが、周囲に深い安心感を与え、主張を柔らかな「提案」へと変えていくのだと、教えてもらいました。(わたしはそのように学んだのだ、という方が正確ですが)

4. 経験の罠:支配を目的とした「操作」への警告

一方で、経験を積むほどに陥りやすい「罠」についても触れなければなりません。
それは、自分の経験を絶対視し、相手をコントロールしようとする「操作的な関わり」です。

星野氏が目撃したある銀行員の研修事例は、現代の指導者にとっても戦慄すべき警告です。
指導者が参加者を「なぜ(Why)?」と執拗に追い詰め、ついに精神的な限界から失神して倒れ込ませる。その直後、指導者は優しく微笑んで肩を叩き、参加者は恐怖から解放された安堵で号泣して抱きつく……。これは教育ではなく、恐怖を利用した「操作」と評しています。

こうした陥穽を乗り越えるために、先達は二つの姿勢を強調しました。

観自在(かんじざい)
津村俊充氏が説くように、対象を固定的な見方で捉えず、自在に観察し続ける探求心。

体験の相対化
グラバア俊子氏が強調するように、自分の体験を「唯一の正解」とせず、一つの事例として客観視する力。

相手を「なぜ?」と問い詰めるのではなく、「私はこう感じているが、あなたはどう思う?」と対等な地平で問いかける。この非操作的な姿勢こそが、経験を積んだ者に求められる真の成熟だと思いました。この時の感覚は、まるで体の中にずんと重い石が入り込んできたようなものでした。衝撃的でした。

5. 結論:成熟した主張が創り出す「安心の場」

経験とは、単に費やした時間の長さではなく、一つひとつの出来事にどのような意味を見出し、シェマを更新し続けてきたかという「質」の問題であると、受け止めています。

かつては自分の正しさを証明するために声を荒らげていた人が、いつしか「これは私の視点ですが、検討の素材になりますか?」と微笑むようになる。その変化は、一人の人間が「べき論」の檻から脱し、自分と他者の尊厳を等しく尊重できるようになった証とも言えるのかもしれません。

グラバア俊子氏は、体験学習のスピリットを次のような言葉に託していました。

「一人が変わることで未来は変えられる」

経験を積んだ者の主張が「押し通す力」ではなく、周囲が安心して自分を表現できる「安心・安全な場」を創り出すための「提案」へと昇華されるとき、組織や社会はより人間性豊かな場所へと進化していきます。

私たちが日々積み重ねる経験が、単なる過去の蓄積に留まるのか、それとも未来を拓く対話の種火となるのか。その答えは、今この瞬間の、私たちの「ふりかえり」の中にあるのかもしれません。

昨日のコラムの経験を受け、ここまで整理することができました。
南山大学の紀要『人間関係研究』vol.15(2016年)に感謝いたしますm(_ _)m。

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marco

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