日本企業のOJTパラドックス
なぜ「教えているつもり」で人は育たないのか
日本の競争力を支えてきたとされる職場内訓練(OJT)が、
いま大きな転換点に差しかかっています。
人手不足が常態化する中で、
人材の確保と定着は多くの企業にとって最優先の課題です。
しかし、その中核を担うはずのOJTが、
現代の働き手の価値観や学び方に、うまくかみ合わなくなってきているように見えます。
まずは、以下の図表をご覧ください。
今回は、AIで表を作成してみました!

この図が示しているのは、
日本企業に存在する「OJTのパラドックス」です。
厚生労働省の『令和6年度 能力開発基本調査』によると、
正社員に対して計画的なOJTを実施している事業所は61.1%にのぼります。
一方で、人材育成に「何らかの問題がある」と感じている事業所は79.9%に達しています。
つまり、計画的にOJTを実施している企業が6割を超えているにもかかわらず、
約8割が「うまくいっていない」と感じている。
ここに、見過ごすことのできない違和感があります。
では、なぜこのようなギャップが生まれるのでしょうか。
「OJTのパラドックス」を乗り越える
ギャップ1 指導する側のリソース
一つには、指導する側のリソースが限界に近づいていることが挙げられます。
同調査では、
・人材育成に関する課題として「指導する人材が不足している」(59.5%)、
・「育成しても辞めてしまう」(54.7%)、
・「育成に時間をかけられない」(47.4%)
といった項目が上位に挙がっています。
現場の忙しさを背景に、十分に関われないまま任せてしまう、
いわば「放任型OJT」が広がっている状況が見えてきます。
加えて、ハラスメントへの配慮が、
結果として指導の手控えにつながっている側面もあります。
「パワハラと思われるのではないか」という不安から、
本来必要なフィードバックが行われず、
結果として若手の成長機会が十分に確保されない。こうした状況は、
現場で少しずつ広がっているように感じます。
ギャップ2 指導内容が標準化されていない
さらに、指導内容が個々の経験に委ねられ、
標準化されていないことも見逃せません。
いわゆる「属人化」です。
教える人によって内容や質がばらつくことで、
受け手にとっては学びの軸が定まらず、
結果としてOJTそのものの質を下げてしまうことがあります。
ギャップ3 価値観の違い
もう一つ重要なのは、若手社員、特にいわゆる「Z世代」との価値観の違いです。
JILPTの調査を分析した小黒(2025)によると、
若い世代ほど主体的なキャリア形成や、
職場からのフィードバックを重視する傾向が強まっています。
過去に書いたZ世代の記事はこちらです↓✨
・HRプロさんに記事を掲載していただきました。
【Z世代の特徴とメンタルヘルス:1】
Z世代の価値観やキャリア観を知り、「育成の最適解」をつかもう」
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=4196
【Z世代の特徴とメンタルヘルス:2】
OJTの進め方で意識すべき「具体的なアプローチ」
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=4232
【Z世代の特徴とメンタルヘルス:3】
Z世代に響く「指導」と「メンタルヘルス対策」で力を存分に引き出す
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=4264
そのため、「背中を見て覚える」といった暗黙知中心の育成や、
「なぜそれをするのか」という背景を説明せずに手順だけを伝えるOJTは、
学ぶ側にとって納得感を持ちにくく、
場合によっては負担に感じられてしまいます。
目的や意味づけ、そして適切なフィードバックが伴わない経験は、
学びとして定着しにくいのです。
本来、OJTとは「経験を通じた学習」です。
ただし、経験を積めば自動的に成長するわけではありません。
デイビッド・コルブが提唱した「経験学習モデル」(Kolb, 1984)では、
「具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→能動的実験」
というサイクルを回すことが、学びを深める鍵であるとされています。
ところが、機能不全に陥ったOJTでは、
この中でも特に重要な「内省(ふりかえり)」のプロセスが抜け落ちていることが
少なくありません。
やり方を教えることに意識が向きすぎるあまり、
「なぜうまくいったのか」「なぜ難しかったのか」を考える機会が
十分に設けられていないのです。
だからこそ、指導する側には、
単に方法を伝えるだけでなく、
問いを通じて考える時間をつくる関わりが求められます。
経験を知識に、
そして知恵に変えていくための支援です。
では、この「OJTのパラドックス」を
どのように乗り越えていけばよいのでしょうか。
いくつかの方向性が考えられます。
リバースメンタリング
一つは、「リバースメンタリング」の活用です。
若手がベテランに教える機会を持つことで、ベテラン側の固定観念がゆるみ、
同時に若手にとっては自分の力を実感する機会にもなります。
結果として、組織全体の学びが循環しやすくなります。
「Iメッセージ」によるフィードバック
二つ目は、「Iメッセージ」によるフィードバックです。
「なぜできないのか」と評価するのではなく、
「私はこう感じた」と主観を起点に伝えることで、
相手が受け取りやすくなり、
安心してふりかえりができる土台が整います。
タスクの細分化
そして三つ目は、「タスクの細分化」です。
業務を小さく区切り、段階的に取り組めるようにすることで、
早い段階で達成感を得やすくなります。
これは、自信の形成や行動の継続にもつながります。
OJTは、単に仕事のやり方を伝える場ではありません。
経験を通じて、互いの理解を少しずつ更新していくプロセスです。
言い換えると、それは「教える場」というよりも、
「ともに育つための対話の場」と捉えた方がしっくりくるかもしれません。
不確実性が高まる時代だからこそ、
このOJTのパラドックスに目を向けることが、
組織の持続的な力につながっていくのではないでしょうか。
今あるOJTのあり方を少しだけ見直し、
「教える組織」から「ともに育つ組織」へと一歩進めてみる。
そんな選択も、ひとつの可能性として考えてみるのはどうでしょうか。
【引用・参考文献】
小黒恵(2025)「JILPTリサーチアイ第86回 変わりつつある若年正社員のキャリア意識─女性正社員が直面しているハードルは何か─」労働政策研究・研修機構
厚生労働省(2025)「令和6年度 能力開発基本調査」
Kolb, D. A. (1984). Experiential learning: Experience as the source of learning and development. Prentice-Hall.






