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「正論」が壁を作っていないか?

学びを止める「理屈っぽい私」を卒業するための4つの視点を整理してみた!

コーチを仕事としてきたこれまで。知性と共感の均衡には人一倍、神経を研ぎ澄ませてきたつもりでした。しかし、その「プロとしてのアイデンティティ」が音を立てて崩れ去る、身を切るような夜が訪れました。しつこい様ですが、この経験→https://0comb.com/2026/01/05/rikutsu/

なぜ、私は「正しさ」を武器に、自ら学びの門を閉ざしていたのか。
考えたい。考察したい。
この「不愉快な違和感」を解剖し、私たちが囚われがちな罠を4つの視点から紐解いていこうと思います。(できるかな)

「理想のリーダー」か、それとも「孤独な実力者」?

           わたしの場合、答えは「孤独」なんですけど。。。

自らの振る舞いを客観視したとき、
三隅二不二氏の「PM理論」を思い出しました。
それは、リーダーシップは目標達成機能(P)と集団維持機能(M)の2次元で構成されますが、私の録画の中の姿は、まさに「Pm型」の典型だったと思います。

Pm型: 目標を明確に示せ、成果をあげるが、集団をまとめあげる力が弱い。
    簡単にいうと「成果はあげるが人望がない」😱

ここで深掘りすべきは、P機能の内実です。
三隅によれば、P行動には「計画P(指導・有能さの提示)」と「圧力P(強制・注意)」が存在します。録画の中の私は、正論を盾に相手を圧倒しようとする「圧力P」を無意識に発揮しているように見えました。

PM理論の真髄は、M機能が単なる「優しさ」ではなく、P機能を最大化させる「触媒(カタリスト)」であるという点にあります。小久保みどり(2002)は、三隅氏のPM理論を「現代の企業組織」に適用し、その有効性を再検証した研究を行なっていますが、それによると、「圧力P」が部下に心的抵抗や葛藤を与えるリスクがあることや、M行動との組み合わせが重要であることを詳細に論じています。

※立命館大学の学術成果リポジトリ(R-Cube)「2つの主要なリーダーシップ理論の現代の企業への適用可能性」『立命館経営学』第41巻 第4号

人間は外部から「正しさ」という圧力を受けると、防衛的な心的抵抗を生じさせます。実際、わたしも正論を語る場面で、心的抵抗を感じる経験を持っています。
M機能という共感があるからこそ、その圧力は「自らを律する内部的な緊張」へと質的に転換される。Mを欠いた正論は、相手の動機づけを削ぐだけのノイズともいえますし、結果として組織の生産性を著しく停滞させてしまう、という考え方。

「論理的」と「理屈っぽい」を分かつ、語用論的失敗(Pragmatic Failure)

なぜ、筋道は立っているはずの話が、相手に「理屈っぽい」という不快感を与えるのでしょうか。
そこには「語用論的失敗」=コミュニケーションの文脈との致命的な不適合が!。

H.P.グライスが提唱した「協調の原理」には、必要な情報を過不足なく提供するという「量の公理」があります。理屈っぽい人は、この公理を平然と(?)スルーし、相手にとって自明な前提や詳細すぎる定義を執拗に言語化します。

AIさんに表を作成してもらいました。↓

特徴論理的な発話理屈っぽい発話
情報の量必要な情報を過不足なく提供する(量の公理を遵守)自明な前提や詳細すぎる定義を過剰に詰め込む
認知的負荷最小限のステップで理解へ導く相手に不要な認知的コスト(努力)を強いる
目的相互理解、真理の探究、問題解決自己満足、自己正当化、優位性の誇示

AIさん、すごい!

真に論理的な態度とは「最小の認知的努力で、最大の心的効果を得る」ようにコミュニケーションを最適化すること(関連性理論)。文脈を無視し、聞き手に過大な解読コストを強いる行為は、どれほど内容が正しくとも、コミュニケーションの効率を著しく損なう「非論理的」な振る舞いというわけですね。

(書いていると、熱が上がりそうです・・・)

「私は知っている」という前置きが築く、透明な壁

録画の中の私が多用していた、ある種の枕詞。
「私はここまでは理解しているんですが……」
「この前提に立つと、ここがおかしいように思うんですが……」

一見、状況整理のように見えるこれらの言葉は、実際には「自己呈示のジレンマ」が生んだ醜いマウントにしか、わたしには見えません😢。
相手との関係性が悪化するリスクを冒してでも自分の知性や有能さを守ろうとする、
心理学的な「ゲーム」を仕掛けていたのです。不毛すぎます・・・😰

本来、知識や経験は他者と心を通わせるための「橋」であるべき。
しかし、それを自己防衛のための「壁」として使った瞬間、その壁は相手を拒絶し、自分自身の成長を止める檻へと変質。「私は知っている」という態度は「素直な学習者」としての可能性を自ら摘み取ってしまう、そのわかりやすい例が、録画の中にいたわたしでした。

M機能(共感)は、ロジックを届けるための「鏡」である

真に論理的であるということは、単に正論を吐くことではないですね。。。
実際に、よく正論で対応してくる上司に、嫌悪感を抱いた経験、、、実はわたし、あるのです😰

相手の感情的な吐露を「論理的飛躍」として断罪するのは容易いことです。「仕事だから」「仕事として捉えるなら」などと言えば誰も何も言えないでしょう。

しかしながら、その背景にある不安や願いを分かち合うM機能(共感)こそが、ロジックを相手に届けるための「鏡」となる。そのことを、幾度となくトレーニングを通して学んできたはずなのに、今のわたしは、まるで遊園地にある錆びた遊具のように、誰の役にも立っていませんでした。

相手の立場を想像し、どのような言葉を用いれば納得を得られるか。
その「対人的な言語感覚」を伴わない論理性は、対話の場を破壊するものになるでしょう。

最小の言葉で最大の理解を促す「最適化」こそが、
真の意味で知的な態度なのかもしれません。

理屈を手放し、再び「素直な学習者」へ

今のわたしの学びは「理屈を手放すこと」です。

私たちは無意識のうちに「自分は平均以上の能力がある」と思い込む「平均以上効果」という防衛シールドに守られています。それはある種の「傲慢さ」とも言えるでしょう。
自分の理屈っぽさを正当化し、真の成長機会を奪っていることも多いはずです。

「理屈っぽい私」を卒業するために必要なのは、なんだろう・・・

いろいろ探ってみると、チャレンジしてみようと思えることに行き当たりました。
自身の論理を「外側」ではなく「内側」に向けることです。

いわゆる「クリティカル・シンキング(批判的思考)の先を自分自身の前提に向ける勇気」です。
 大変な心的負荷を経験しそうだけど、やってやれないことはないのでは。
客観的な鏡(録画や他者からの耳の痛いフィードバック)を見て、
自分の論理の穴と心の震えを直視すること。
やっぱり自己理解がリスタートラインかな。

自分の中にある論理を、相手との「壁」にするのか、
共に未来を創るための「橋」にするのか。
明日からの対話で、一歩立ち止まって自らに問いかけてみようと思います。

あおいろさんよ。(※あおいろ、とは、わたしのYouTubeの名前)
「あなたの正しさは、誰を幸せにしていますか?」


この記事を書いた人

marco

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