ラボラトリー方式の体験学習はどこから来たのか
研修でグループ課題に取り組んだあと、「では、いまの話し合いをふりかえってみましょう」と声をかけられた経験はありませんか。そのとき自分や周りの人に何が起きていたかを見つめ直し、そこから学ぶ。この学び方には「ラボラトリー方式の体験学習」という名前と、80年近い歴史があります。本コラムでは、中村和彦・杉山郁子・植平修(2009)の論文「ラボラトリー方式の体験学習の歴史」をもとに、その歩みをたどります。
ある夜の「飛び入り参加」から始まった 1946年、米国コネチカット州で、心理学者クルト・レヴィンらが地域リーダーを育てるワークショップを開きました。人種差別の問題に取り組むためのアクションリサーチです。参加者は小グループで話し合い、各グループには観察者がつきました。夕方には、スタッフだけで観察記録を検討するミーティングが開かれていました。
ある日、会場に泊まっていた参加者3名が、そのミーティングに出たいと申し出ます。スタッフの中には懸念する声もありましたが、レヴィンは快く受け入れました。すると、観察者の報告に対して参加者が「それは違う」「いや、その通りだ」と活発に意見を述べ、検討は一気に深まったのです。自分たちの行動を自分たち自身で分析すると、深い洞察が得られる。この偶然の出来事が出発点となりました。
キーワードは「いま、ここ(here and now)」。数値やアンケートではなく、グループの中でいま交わされた言葉、感情、反応そのもの(プロセス・データ)を、客観的な学びの素材にするというアプローチです。
「ラボラトリー」という名前の意味 翌1947年、レヴィンの遺志を継いだ弟子たちによってNTL(National Training Laboratory)が設立され、メイン州ベセルで最初のトレーニングが開かれました。ここでの「ラボラトリー(実験室)」は、人を実験台にする場所ではありません。参加者が新しい関わり方を試み、その体験から学び合って変容していく「仮ずまいの学習共同体」を意味していました。
この流れから、あらかじめ課題を設定せず「いま、ここ」の関係性そのものを探究する「Tグループ(非構成的な体験)」が生まれます。一方で、進行役が特定のテーマやルールを設定したロールプレイやエクササイズなどは「構成的な体験」と呼ばれ、両者は区別されていきました。
日本への導入と、つまずきの時代 日本での本格的な導入は1958年、九州大学でのグループ・ダイナミックス研究や、キリスト教教育の流れによって始まりました。1973年には、この教育体系を中心とした南山短期大学人間関係科が開設されます。
一方、1960年代後半の高度経済成長期の産業界では「ST(感受性訓練)」が大ブームとなりました。しかし、急増する企業の需要に対してトレーナーの育成や倫理教育が追いつかず、十分な教育を受けていない者が担当するケースが多発しました。参加者に過度な心理的重圧をかけたり感情を揺さぶったりする操作的な研修が横行し、悲惨な出来事や逮捕者を出す事件へと発展してしまいます。こうして1970年代末、STブームは急速に終焉を迎えました。
さらに1970年代以降は、扱いやすい「実習(構成的な体験)」のツールだけが切り出され、社内研修などで単品として普及していきました。その結果、現在広く使われているグループワークの多くが、実はこのラボラトリー方式の体験学習の土台の上に開発されたものであることすら、忘れ去られていったのです。
歴史が教えてくれること 論文は、ST時代の過ちを明確に「反面教師」と位置づけています。 ラボラトリー方式の本質は「学習者中心の教育」です。変化は他者から与えられるものではなく、学習者自身の意志によって起こるもの。トレーナーは相手を無理に「変える」存在ではなく、本人が「変わる」プロセスを援助する伴走者にすぎません。参加者の異論を面白がり、対等な立場で探究を楽しんだレヴィンの民主的な姿勢こそが、揺らいではならない原点です。
また、構成的な実習を扱う際にも、進行役には「いま、ここ」への感受性が欠かせません。段取りや結論といった「課題の進め方(タスク)」だけでなく、場に流れる空気や遠慮、信頼といった「関係性のプロセス(メンテナンス)」に気づき、丁寧に働きかけること。ツールをただ回すだけでは得られない学びが、そこに宿ります。
成果主義や分業化が進み、職場での関係性や協働が希薄化しやすい今の時代だからこそ、人と人とのプロセスに気づき、ヒューマニスティックな関わりを取り戻す「変革推進体(チェンジ・エージェント)」の存在が求められています。
研修のふりかえりの時間の背後には、ある夜の小さな「飛び入り」から始まった長い歴史が息づいています。「いま、ここで何が起きていたか」を素直に問い直すこと。それは、人と組織が健やかに育ち合うための、今も変わらない核心です。
※出典をもとに、一部筆者の解釈を加えて当該内容を作成しています。
出典
中村和彦・杉山郁子・植平修(2009)「ラボラトリー方式の体験学習の歴史」『人間関係研究』第8号,南山大学人間関係研究センター,pp.1-29.
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Chiho Hirasawa







