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「そのまま使う」ことのリスク

心理学を学び始めた頃、多くの人がまず驚くのは、
「人間の心を、ここまで整理して考えるのか」
という点かもしれません。

感情、認知、人格、行動。

一見すると曖昧で捉えどころのないものが、
理論や概念によって整理され、
理解可能な形へと変換されていく。

これは、学問の大きな力だと思います。

実際、心理学の知見は、教育、医療、産業、福祉、司法など、
さまざまな現場で活用されています。

私自身も、
仕事を進める上で心理学の知見に何度も助けられてきました。

他方で、強く感じるようになったことがあります。
それは「理論は、そのままでは現場で機能しない」ということでした。

個人的な経験としては、理論を“そのまま適用”してしまい、
人との関係がうまくいかなくなったことがあります。

今日は、そのことについて書いてみたいと思います。

「正しい理論」が、人を苦しめることがある

心理学では、研究対象を明確にするため、
さまざまな概念定義が行われます。

たとえば、
「不安」
「抑うつ」
「自己効力感」
「愛着」
「ストレス反応」

こうした言葉も、
学術的には、できる限り厳密に定義されます。
これは、研究を成立させるために必要なことです。
定義が曖昧だと、測定も比較もできないからです。

心理学において、
こうした手続きは、「操作的定義」と呼ばれます。
これは、“何をもってその概念とするか”を、観察可能な形にする作業です。

とても大事なことです。

しかし同時に、これについては専門職が常に注意しなければならない危うさもあると思います。

その理由は、定義というのはある側面を鮮明にする代わりに他の側面を切り落とす行為でもある
と思っているからです。

私は、このことを、仕事の現場で幾度も感じてきました。

「分類」は便利だが、人間を取りこぼす

人間は、複雑な情報を整理するために、カテゴリー化を行います。
これは認知心理学的にも自然な働き、と学んだことがあります。

たとえば、
「あの人は論理型」
「この人は感情型」
「このタイプは承認欲求が強い」

こうした分類は、理解の手がかりとして役立ちます。

しかし、分類というのは、おそらくは“理解の入口”のようなものだと思います。
違う表現をすると“理解の完了”ではない、という意味です。

現場では時々、理論が“レッテル貼り”として使われてしまうことがあります。

たとえば、
ある部下が会議中に発言しない。

すると、
「主体性が低い」
「自己効力感が低い」
「受け身タイプだ」

という理解が、すぐに行われることがあります。
理論を持ち出して、すぐに仮説化(理論に当てはめる)という思考プロセスを辿るわけですね。

しかし実際には、

・その場に強い上下関係がある
・以前、発言を否定された経験がある
・疲労や不安が蓄積している
・組織文化として“黙るほうが安全”になっている

など、さまざまな背景がある可能性も十分に考えられるのではないでしょうか。

だからこそ、行動だけを切り取っても、人間理解としては不十分と言えるのだと思います。

クルト・レヴィンは、
B=f(P,E)
という式で、
行動は個人と環境の関数である、
と示しました。

これは、
人間を、
“個人単体”で理解しない視点とも言えます。

クルト・レビンは、
B=f(P,E)
と示し、
人の行動は「その人(Person)」と「環境(Environment)」の相互作用によって生じると説明しました。

(平澤知穂著『オフィスコミュニケーショントレーニング 第2版』〜はじめに〜)

古典的なこの考え方ですが、個人的には現場実践において極めて重要だと思っています。

理由は?ではなく、実際に阻害要因になった経験

なぜ、心理学の理論を現場で活用できなかったのか。
実際には、現場での関係構築や、プレゼンの阻害要因にさえなったこともあります。

「なぜ?」

私は、その理由を探求する一方で(探求はやめられない😅)、
理論は、そのまま現場に投入するためのものではないんだな、
という学び(気づき)を大事にしています。

どうやら、“現場で再構成されること”が必要なのではないか、と。

たとえば、
「傾聴が大切」。

確かにそうです。

しかし、コーチングの場面では、ただ黙って聞けば良いわけではありません。
沈黙が、逆に対象者の不信感を煽ったり、不安を高めることもあります。

あるクライアントは、沈黙に耐えられず、猛烈なスピードで話を続けました。
私は、質問介入どころか、共感を示す介入さえ行う隙間を見つけられませんでした。
(沈黙したかったわけではない事例ですが……)
このクライアントは、3ヶ月で私(コーチ)を解任しました。
コーチングを始めて1年も経っていない頃のことです。

とはいうものの、今でも生々しく思い出す事例です。

最終的にクライアントからは、
「もっと関わって欲しかった」
というコメントをもらっています。

「沈黙は宝」のように扱われるコーチング理論があります。
もちろん、その理論自体を否定したいわけではありません。

ただ、少なくとも私にとっては、
“理論だけでは現場の全てをカバーできない”
ということを痛感した事例でした。

理論だけでは、“その場の関係”までは決められないようです。

私は、ここに対人援助の難しさと面白さの両方があると思っています。

「正しさ」が、知的な暴力になることがある

私は、
専門職ほど、「正しさの扱い方」に慎重であらねば!と思っています。

なぜなら、専門知識には強い影響力があるからです。

たとえば、
専門家から「あなたは○○傾向がありますね」
と言われると、人はその言葉を重く受け止めます。

時には、そのラベルによって、自分自身を固定的に理解し始めることさえあります。

しかし、心理学の概念の多くは、
本来、“傾向”や“仮説”を示すもので、人間を判断したり断定するものではありません。

それなのに理論が“絶対視”されると、そこに危険を感じます。

個人的には、対人援助において怖いのは、「悪意」だけではないと思っていて、
“善意で正しさを押しつけること”もまた、破壊的であると感じています。

たとえば、
「あなたのためを思って」
という言葉。

もちろん、本当に善意であることもあります。

しかし、その“正しさ”が、相手の文脈やタイミングを無視した瞬間、
それは、支援ではなく強烈な介入になります。

だから私は、理論を使う時ほど、
“わかった気にならない”
ことを大切にしています。

現場に必要なのは、「復元する力」

学問は、対象を整理し、抽象化します。それによって、知識は共有可能になります。
これは、ナレッジ共有のプロセスでもあり、とても重要だと思います。

しかし、現場に戻る時には、そこから逆方向の作業が必要になります。
抽象化された概念を、再び目の前の具体的な人間関係へ戻していく作業です。
その時には、取扱説明書(理論)通りにはいきません。

キーワードは、

  • 丁寧さ
  • よく観る
  • 調整する

私は、ここにファシリテーションや対人援助の本質があるように感じています。

理論は万能ではない

理論をそのまま適用しようとすると、
人間の複雑さを取りこぼしてしまうことがあります。

だからこそ、
専門職には、
「理論を知っていること」
だけではなく、
“理論を現場に合わせて復元する力”
が必要なのではないでしょうか。

人間には、整理しきれない部分がたくさんあります。
対話を深めるための補助として、理論が使われるほうが良い。

私は、こんなことを考えたりしています。

この記事を書いた人

marco

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