葛藤のプロセスモデル
「ネガティブ感情」は必須通過点
「録画の中の自分を見て、落ち込んでいる場合じゃない。
早く前向きな解決策を考えなければ」
そうやって焦る私に、TEM(複線径路・等至性モデル)の研究データは、意外な事実をくれました。
「落ち込むこと」は、時間の無駄ではない。むしろ、それは変化のために必ず通らなければならない「正規ルート」ってことです。いいこと聞いた!と言う感じです。
前回は、人生を時間の流れとして捉えるTEMの地図をご紹介しました。
今回は、その地図にあるF(必須通過点:Obligatory Passage Point)」という概念を使って、
今の私が感じている「不快感」や「自己嫌悪」の正当性についてお話しします。
葛藤解決の「必須通過点」とは?
TEMを用いた興味深い研究があります。
岡本・いとう・井上(2012)による、大学生の友人関係における対人葛藤のプロセス分析です。
この研究では、友人と揉め事(葛藤)が起きてから、それが「和解して終結(等至点)」するまでに、人々がどのような心の動きを経験するのかをTEMで図式化しました。
その結果、多くの人が共通して通過する「必須通過点(F)」として、以下の4つのステップが浮かび上がってきたのです。
1. 価値観の違いの認知(えっ、なんでそんなこと言うの?)
2. ネガティブ感情(悲しい、腹が立つ、モヤモヤする)
3. 自分の中で考える(なぜ自分はこう感じるのか? 相手はどう思ったのか?)
4. 話し合い(自分の考えや気持ちを伝える)
このプロセスを経て初めて、葛藤は「和解」というゴールにたどり着きます。
イメージしやすいですね!
「ネガティブ感情」をスキップしてはいけない
わたしが好きなフレーズは、↑これ。
わたしの場合、ポジティブじゃなくちゃダメ、ポジティブが良い、ネガティブな感情は早いうちに切り替えて(ポジティブに持っていって!)的なことを言われると、考えるのも嫌になってしまうのです・・・
というわけで
⭐️ここで注目すべきは、「ネガティブ感情」が必須通過点(F)として組み込まれているという点⭐️
と書かせていただきますm(_ _)m。
私たちは往々にして、ネガティブな感情を「悪いもの」「避けるべきもの」として蓋をしがちです。
蓋をしちゃダメ、と言っている人も、いざ他者のネガティブな感情に出会ったら、スルーしたり、「この人、こういう傾向がある」と「勝手に分析」を始めたり。
「怒ってはいけない」「落ち込んではいけない」「早くポジティブにならなきゃ」 そうやって感情をすぐにポジティブに切り替えようとしたり、スキップしていきなり「話し合い(解決)」へ飛ぼうとします。
しかし、このモデルは示唆しています。
価値観のズレ(今回の私で言えば、理想の自分と現実の自分のズレ)を認識した時、そこに不快な感情が湧くのは当たり前であり、むしろその感情を十分に味わうことこそが、次のステップに進むための条件ということです。(この辺から、わたしは俄然楽しくなってくる!)根っからの、機能不全を健全に持っていきたい人らしい😄✨
今の私が感じている「あんな理屈っぽい話し方をして恥ずかしい」「見ていて不愉快だ」という痛み。 これは、私が「なりたくない自分」と決別し、新しい自分へと向かうために避けては通れない「関所」のようなものだったのです。そして、時間かかってもええねん、って話。
「自分の中で考える」という静かな時間
そして、ネガティブ感情の次に来る必須通過点が「自分の中で考える」というプロセスです。
研究によれば、湧き上がってきた葛藤的な認知やネガティブな感情を、すぐに相手にぶつけるのではなく、一度自分の中で吟味し、内省するプロセス(個人内のダイナミクス)を経ることが、相互理解(統合)に至るためには重要であるとされています。
この辺は、グループダイナミクスの自己内プロセスと同じだから、個人的には受け入れやすいです。
すぐに「次はこう話そう」とか「早く、ポジティブに切り替えなくちゃ」とテクニック(Doing)に走るのではなく、
「なぜ私はあんなに偉そうにしてしまったのか?」
「あの理屈っぽさの裏には、どんな恐れがあったのか?」
と、自分の内面(Being)に潜り込んで考える時間。
それこそが、単なる表面的な妥協ではなく、
心からの変容(和解)を導くために必要なプロセス。
迷子ではない。「順路」
そう考えると、録画を見て以来、私が感じている自己嫌悪や、答えの出ない自問自答の日々は、決して停滞ではない、ということになります(それは、なんとなくわかっていた!←いきなり、元気になるわたし)。 私は地図の上で、正しい順路を歩んでいるのです。
ゴールへ向かうための燃料
そうとわかれば、私の心は軽くなります。
この「不快」な感情から逃げず、しっかり味わい尽くし、自分の中で考え抜いた先にしか、本当の意味での「理屈からの脱却」はない、ってことになり、自分の性に合ってます。
というわけで、
次回は、「自分の中で考える」プロセスにおいて、私が何を問い直すべきなのか。
考えます。








