
職場でこんな言葉、耳にしたことはありませんか?
「これは、みんな納得してると思って進めちゃっていいよね」
「いや〜、普通こうするでしょ?」
この*「みんなもそう思ってるはず”という思い込み」は、実は心理学では「フォールス・コンセンサス(false consensus)」と呼ばれる現象なんです。
これは、自分の意見や行動が、実際よりも多くの人に支持されていると思い込んでしまう心理的なクセのこと。日本語では「偽の合意効果」とも言われています。つまり、自分の考えが「普通」「常識的」だと過大評価し、実は少数派なのに多数派だと錯覚してしまう状態です。
例えば、こんなセリフが自分の口から出ていたら、注意が必要かもしれません。
- 「みんなこう思ってるはず」
- 「常識的に考えて当然でしょ」
- 「普通の人ならそう判断するよね」
組織で起こりがちなフォールス・コンセンサス
この思い込みは、組織の中ではさまざまな場面で顔を出します。
たとえば
- リーダーが「部下はみんな私の方針に賛成している」と思い込む
- 「この企画は社員全員が支持するはず」と過信する
- 反対意見があるのに「大多数は賛成」と誤解する
私の仕事であるファシリテーションの現場でも、こんなことが起こりがちです。
- ファシリテーター自身が「参加者は皆理解している」と決めつけてしまう
- 一部の積極的な参加者の反応を、全体の反応と錯覚する
- 自分の研修手法が「誰にでも効果的」と過信する
こうした“根拠のない思い込み”は、無意識のうちに私たちの判断に影響を与えてしまいます。
「あれ、みんな賛成してたはずでは…?」──トラブル事例
フォールス・コンセンサスがトラブルを招いた例をご紹介しましょう。
営業部長のA氏は、新しい営業手法を導入するにあたり、「これは成果が上がる方法だし、部下たちも当然賛成しているはず」と思い込んでいました。ところが実際は、「顧客との関係が悪化する」「現場には合わない」と多くの部下が不安を感じていたのです。
A氏は会議で積極的に発言する数名の反応だけを見て「全員が賛成している」と思い込み、ろくに説明も意見交換もせず導入を強行。結果、営業成績は下がり、クレームは増加。部下たちからは「最初から反対だった」「意見を聞いてもらえなかった」と不満が噴出し、チームの信頼関係が大きく損なわれました。
A氏は「そんなに不満なら、なぜ事前に言ってくれなかったのか」と驚きましたが、実は部下たちは何度も懸念を示していたのです。ただ、それを“聞く耳”で受け取れていなかった──あるいは、「どうせ言っても無駄だ」と部下が感じていたのかもしれない──ここにフォールス・コンセンサスの怖さがあります。
思い込みを手放したら、チームが変わった
では逆に、フォールス・コンセンサスに気づき、それを手放したことで関係性が改善した、という例をご紹介しましょう。
開発チームのマネージャーB氏は、新しいプロジェクト管理手法を導入する際、「チーム全員が効率化を望んでいるはず」と思い込んでいました。しかし導入後、予想外にチームの雰囲気がぎくしゃく。
ある日、信頼する部下から「実は多くのメンバーが戸惑っている」と聞かされ、B氏ははっとします。すぐに全メンバーと1対1の面談を行い、匿名アンケートも実施。すると、「変化が早すぎる」「前のやり方にも良さがあった」「もっと相談したかった」といった声が集まりました。
B氏は素直に謝罪し、導入を一旦停止。段階的な導入プランに変更し、定期的に意見交換の場を設けることで、「反対意見も大歓迎」という姿勢を明確にしました。その結果、心理的安全性が高まり、チームは活発な対話ができる関係へと変わっていったのです。
「みんな同じ」は思い込み。「違いを聴く」がはじまり
フォールス・コンセンサスの正体は、「言わなくても伝わっているはず」という思い込み。けれど、実際には言葉にしなければ伝わらないことの方が多いのです。
この思考のクセは、“心の省エネ”のようなもの。確認する手間や衝突のリスクを避けたいがために、「きっとみんなそう思ってる」と処理してしまう。ですが、それが“静かな分断”を生んでしまうこともあります。
だからこそリーダーとしてできる第一歩は、「違いがあるのは自然なこと」と伝えること。そして、声にならない”かすかな違和感”にも耳を傾ける姿勢を持つことです。
「みんな同じだよね」ではなく、「もし違っていたら教えてほしいな」。
そんな一言が、チームに新しい風を吹き込むかもしれません。
思い込みを手放す勇気が、対話を生み、関係性を変えます。
“違いを聴けるチーム”には、きっと、まだ見ぬ可能性が眠っているのです。
